|
鬼は外、福は内「節分」
豆を撒いたあとには、自分の歳の数より一つだけ余計に豆を食べるが、
これは節分が歳を一つ重ねる日であったことを物語っているのだ。
日本では節分の日、焼いた豆を投げながら「鬼は外、福は内」と唱える。悪運はすべて外に出て行き、福だけ家に入ってきてほしいという意味である。韓国では元旦の日、「今年も福をたくさんもらってください」とあいさつをするが、日本では一年をしめくくる節分の日に福を祈願する風習がある。
節分とは立春、立夏、立秋、立冬の前日であり、季節の変わり目である。特に、中国、韓国、日本など東洋の国では立春の前日を特別な日と考えていたので、「節分」というと主に立春の前日を指す言葉となっている。節分の日は大寒の最後の日であり、季節的には冬の終わる年末日に当たる。
節分の日、日本各地の神社とお寺では節分祭、追儺式の行事が行われた。悪気邪鬼を称して「儺」といい、この「儺」を追い払うことを追儺といい、この儀式を「追儺式」と呼ぶ。
もともと中国で行われていた行事が日本に伝わり、文武天皇の時代以降、宮中で行われるようになった。
大晦日の夜に、疫病、そのほかの災難を追い払う儀式が行われていたが、この儀式が次第に神社、民間に広まっていき、豆を打って鬼(禍)を払うものへと変わっていたという。
最近の日本の節分祭をみてみると、有名人が神社で行われる節分祭、追儺式に参加して一般人に豆を投げることがよくある。
韓国でも節分の日は、豆を部屋や居間に撒いておくことで邪気を払ってから、新しい年を迎える風習があった。
これを「ヘノミ(年越 し)」という。またこの日は、一年を締めくくる日で家の中を掃除し、家のものを修理する日でもあった。
節分の日、日本の家庭では、鬼に扮したお父さんに子供達が豆を投げる姿が見られる。このとき、「鬼は外、福は内」という言葉を言。これは悪いものはすべて外へと追い出し、福だけを家の中に呼び入れるためである。豆を投げる行為を豆打ちと呼ぶ。
節分の日に豆を投げる行為は室町時代に京都で始まり、「鬼は外」という唱え言もすでに行われていたそうだ。
豆を撒いたあとには、自分の歳の数より一つだけ余計に豆を食べるが、これは節分が歳を一つ重ねる日であったことを物語っているのだ。
節分の夜には、豆占いが行われた。
豆を焼き、その焼き具合から天候を予想したとされる。
豆占いに使われた豆は保存し、夏になると雷除けとして食べたり、病気を治すために使用するなど、豆は神に供える大切な供物であった。

また、節分の夜にはイワシの頭を大豆やヒイラギの小枝にさして、火であぶってから家の入り口にさす、「焼嗅がし」も行われていた。これは、鬼、疫病神、魔を追い払うためのものであった。
また、とべらの生葉を焼き、鬼の嫌がる悪臭を出し、鬼を追い払うとべら焼きも行われる。
毎年、節分の日になると、豆を撒きながらも恐ろしい形相をした鬼の姿に涙を流すかわいい子供達がテレビ画面に映る。節分は家族がいっしょに楽しめる日である。特に子供達には日本の風習が学べる良い機会でもあるから、ぜひ家族がいっしょに楽しむ場を設けてみよう。豆をいっぱい手に握って思いっきり投げながらストレスを解消してみるのはどうでしょうか。「鬼は外、福は内」
|