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両手を広げ秋を迎えよう
秋を楽しむ日本の習慣「紅葉狩り」

両手を広げ秋を迎えよう。
無色の日常の退屈から抜け出し、いろいろな色でまば
ゆく輝く自然の美しさに酔いしれよう。
あなたの胸に「余裕」という種が芽生えるまで。
日本生活に慣れてくると日本の食べ物が好きになり、日本の風景も一つ二つと記憶の中に刻まれる。豚肉のにおいがきつく脂っこいラーメンもときに食べたいと思い、夏が深まると自然と花火の記憶を思い出す。お祭りをしている街を通る時は必ず一度見回り、子供の頃の思い出など全くないにも関わらず「なつかしい」と感じるのだ。必ずしも何かのエピソードが記憶の奥にあるわけではない。ただ自然と日本で暮してみたら、自然と日本が私の中には行ってきた。日本の空が私の空のようで、下宿の部屋もとても落ち着く場所へと変わった。私だけの居場所を異国の地に少しずつ広げていくのである。秋、感傷的な気持ちになりやすい寂しい季節、部屋に閉じこもるのはやめて秋を迎えに出かけてみる。
紅葉狩り
日本も韓国のように、春、夏、秋、冬の四季をはっきり区別できる気候をもっている。季節の変化によって自然の美しさも変化する。そして、その変化を楽しみ四季の風習が代々伝わってきた。例えば、春には花見をし、夏には花火に心踊らされる。秋には紅葉狩りに行く。平野に出て紅葉を観賞することを日本では「紅葉狩り」と言う。紅葉狩りは古代から始り平安時代にかけ花見とともに広く行われた行楽である。9月末頃に北海道から紅葉前線が染まり始って、10月から11月にかけて日本全土が赤く染まる。
「紅葉」という言葉は赤く染めるという意味の「揉出(もみず)」
からきていて、秋に紅葉する樹木全般、または紅葉する現象そのものをさしている。
紅葉を楽しんできた伝統は日本の古代史からもみることができるが、日本で最も古い歌集「万葉集(630-760)」にも紅葉をテーマにした歌がたくさんある。この万葉集における「もみじ」とは今日のように赤い紅葉ではなく、主に黄色い葉をさしていたそうだ。それが平安時代になると赤く華美な紅葉が好かれるようになり、今日のように華やかな紅葉が愛された。紅葉狩りは最初は宮中、貴族の間だけで行われてきた行楽であったが、17世紀江戸時代に入ってからは庶民の間にまで広く伝わった。
紅葉はみて楽しむばかりではなく、紅葉を食べる地方もある。もみじのてんぷらは大阪地方の名産品となっている。とってきたものをすぐにてんぷらにするのではなく、一年くらい塩漬けにしていたものをてんぷらにして食べるという。
紅葉狩りを素材にした話
秋の自然の美しさを代表する紅葉が日本の伝統の歌、伝説の素材としても欠かせないものだ。ここでは、伝統芸能「能」に登場する「紅葉狩り」を紹介する。
「ある日、貴人が信濃の国へ鹿狩りに行った時の話である。鹿狩りをしているところ貴人は紅葉狩りに来ていた夫人たちに出会った。夫人たちは盛大な宴を開き、貴人にも出席することを勧めた。貴人は夫人たちの誘いを受けお酒を飲み、踊りを踊り楽しい時間を過ごした。そのとき、酔い伏した貴人のところに八番宮の使者が表れて、女たちは鬼だ、と告げ、神剣を与えて去っていった。目を覚ました
貴人の前には鬼が襲いかかってくるが、貴人は神剣を使って鬼を倒した」
ひと秋の美しく染まった紅葉のはかない本質をあまりにもよく知っているためか。
日本の人々は必ず群れをなし、花見、花火を楽しむ。紅葉狩りも同じようなものである。はかないから美しく、美しいからはかない。
華麗な姿とあとに残る空しさ、その二つが共存するはかなさを日本人がよく理解しているように見える。そして、このはかない美しさは人々の想像力を刺激する存在でもある。花見、花火、紅葉を素材にした歌や物語が多いこともそのためであろう。
この秋には紅葉でも広いに行こうかな。あまり遠くを目指す必要はない。家の近くで立派な木を一本見つめ、時間をかけその変化を観察してみたい。目に入ってくる変化を見ながら、歳月のはかなさでも感じてみようかな。
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