| 韓国と日本の交通文化
韓国と日本は、比較的狭い国土に多くの人口が集まって暮らす、世界的な人口密集地域だ。それだけに、人と人の間を繋ぐ交通、特に大衆交通がかなり発達している方であるが、近代化の歴史や環境のせいか、両国の交通は互いに異なった様相を見せている。
都市交通
両国の最大都市であるソウルと東京を例に挙げると、2都市どちらにもバスと地下鉄があり、オーナードライバーで道路はいつも渋滞、どの大都市とも変わりはない。ソウルの交通の核は現在もバスが担当しており、東京の核はやはり鉄道が担当していると見るのが良いだろう。東京だけに限らず、日本の全ての大都市のいたる所で、鉄道の走らない所はないと言っても過言ではないほど、鉄道は日本人の生活そのものである。自転車で駅まで移動し、私鉄やJRで都市の中心部に移動するのが、東京市民達の交通生活の一般的な姿だ。車があっても市内中心部の混雑、狭い道路、市内だけに限らず市街地と内部を繋ぐ幹線道路の不足等から、自家用車はさほど好まれている方ではない。
市内バスはとても遅く、料金も大して安くはなく、ソウルと比べるとさほど緻密な路線網は構成出来ずにいる。そのためか配車時間もあまり短くなく、立派な案内施設や、お年寄りや弱者に配慮した良い施設にも関わらず、バスを利用する階層は、少なくとも忙しく動くサラリーマン達ではない。都市鉄道の歴史はソウルよりもずっと長く、各駅を中心に商店街が立ち並ぶ駅勢圏が形成されており、人々の生活の中心地となっている。都市の流れは鉄道に沿って形成されているため、市民達の生活も駅を中心として成り立っている。都市が過密化する前に建設されたため、都市鉄道の地下化区間はむしろソウルよりも短い。
一方ソウル市民達は、バスをよく利用する。市内中心街で、バス専用車線に沿って一列に長く行進する黄色いバスは、ソウルの都市風景のひとつだ。もちろん、地下鉄がずいぶんと整備され輸送分担率が大分高くなった。しかし、急行列車が発達し、郊外を速い時間に走破する東京の鉄道に比べ、ソウルの地下鉄はソウル郊外とソウルを結ぶにあたってはさほど性能が良いと誇ることは出来ない。そこで鉄道よりは道路交通に大部分を依存しており、急行バス等、様々な種類のバスが地域と地域を結んでおり、広い高速道路がソウルの四方八方に足を広げている。もちろんここ十年余り、ソウルの地下路線は増えていったのだが、既に都市が発達した後、その地下を掘ってゆく鉄道であるせいか、未だその結合がどこか違和感を感じさせる。即ち、東京ほど各駅が都市機能の中心を担当出来ていないということだ。
鉄道交通
日本はまさに鉄道王国と称されるだけに、国土の全体にレールが及んでいる。この鉄道は大部分、20世紀の初め、近代化と共にその動脈の役割を担当した。その資産が現在まで引き継がれ、日本の交通のかなりの部分を占めるようになった。西武、近鉄、JR等、多くの運営主体がその運営を担っているということは、既にかなりの建設費がかかっているにも関わらず、利益が創出されるだけの時間が流れていることを意味する。地価が上昇する前に路線を計画していたのが日本の大都市発達の順序だったと考えると、先に鉄道・後で発展の歴史が各交通会社の利益保証を可能にしたことが分かる。
韓国も20世紀の初め、日本の近代化プログラムあるいは侵略戦争の延長線上から、京釜線、京仁線、湖南線等の鉄道が整備された。しかしその全長に至っては日本とは比較にならないほど短く、鉄道が国民生活の中心に迫るというよりも物資輸送を主とした運営であったため、60年代に入って高速道路が完成すると、鉄道の時代を省略したまま高速道路の時代に突入することになった。実際に開放後新設された路線は全路線全長の20%にも満たず、電鉄化の進行速度も遅かったことはその証拠として十分だ。
都市鉄道の建設においても、大変な建設費と負債に耐えられない個人会社ではなく、公社を中心に進行された。今もかなりの負債にあえいでいるのは事実だが、都市鉄道サービスにおいて、低料金で全路線を自由に利用出来ることは、運営主体の公共性のおかげだ。
日本では既に80年代に一部を除いて全ての国営鉄道が個人の手に渡り、市場原理によって運営されているため、交通サービスの公共性は劣る方である。
道路交通
前述のように、韓国の近代史は西欧の近代化の歴史を超高密度で圧縮し進行されたため、日本とは交通環境が異なる。その中のひとつが高速道路の歴史であるが、韓国では国家的プロジェクトの一環として、ソウル〜釜山間の高速道路の整備に力を注いだ。その後大都市間を結ぶ高速道路が、蔦が支柱に巻き付くように、速い速度で整備された。
日本も鉄道から高速道路への転換を図るが、既に先進国に発展した国土と高い地価は、かえって高速道路建設の障害となった。そのため今も韓国の8倍以上高い通行料金を誇っているのだ。東名高速道路が初めて誕生した当時、高速道路建設のビジョンは30年後の無料運営を示す等、かなりの計画が構想されていた。しかし東名高速道路は現在でも相当の料金を徴収しており、新たな道路建設にはいつも負債がついてまわるようになった。景気の停滞以後、日本の国土を縦横に貫くトンネル工事、橋架工事が進行された。そこで島と島は橋梁で結ばれることになったが、景気引き上げの効果より負債が増え、ここへ来て地方自治団体の負担になっているのが実状である。
そこで日本では、北海道でまばらに整備されている高速道路延長事業の建設主体を民営化する案を提出し思案しているところだ。韓国では既に仁川空港の就航から新設された新空港高速道路を民営化することでその試本を見せているが、空港高速道路に見られる問題点のように、利益を最大限早く還収しようという個人会社の欲望が利用料の暴騰として続くという点が、依然宿題として残されている。
再び鉄道へ
高速道路の時代を締めくくりつつ、交通は再び高速化時代に突入している。速さをもって都市中心への接近性を高めようという努力は、高速電鉄の導入という新たなプロジェクトを遂行させている。
日本は既に60年代、東京―大阪間新幹線が運行されたことで、世界的な高速鉄道国家となった。既に日本の長い国土は福岡から盛岡まで、内陸では長野まで、巨大な高速鉄道網を整備した。既に先を行く高速鉄道建設技術と運営ノウハウを背景に、台湾の高速電鉄事業をも手中にした。こうして日本の高速鉄道は韓国よりもいち早く一歩先を踏み出したことになる。
90年代初め、韓国でも高速電鉄建設の声が高まり、建設が始まった。しかし日本の高速道路建設の場合と同様に、投資の受容にかかる莫大な費用とその中で繰り広げられる不正腐敗、各利害当事者間の衝突から、当初目標であった21世紀以前の運行開始は後に修正せざるを得なく、建設費も天文学的な数字に膨れ上がった。
この高速鉄道の建設は、日本で見られたように、新たな風景を生み出すことになった。それが航空交通の競争である。東京―大阪間は新幹線があるが、さまざまな国内線業社達においても、絶対にかかすことの出来ない黄金の路線であるため、互いの目を伺い、事実上運賃値上げがかなり難しい実状となっている。韓国の場合、ソウルー釜山間路線がそれと似ているが、それでなくとも収益構造がさほどしっかりしていない韓国の国内線業界は、はたして高速電鉄時代に備えてどんな計画を立てているのだろうか。消費者としては面白く見守るだけだ。
両国の近代化の歴史が異なり、交通の風景も大きく異なる。しかし今後訪れる時代には、その姿が徐々に似通ってくるであろうということだけは分かるようだ。そしてその課程に起こる問題点と解決課程をベンチャーマーケティングするとしたら、両国どちらにとっても良い結果をもたらすのではないだろうかと思う。
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